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札幌高等裁判所 昭和42年(う)132号 判決 1968年7月19日

被告人 羽根田二郎

主文

原判決を破棄する。

被告人を禁錮二月および罰金一万円に処する。

右罰金を完納しないときは一日一、〇〇〇円の割合で換算した期間被告人を労役場に留置する。

本裁判確定の日から二年間右禁錮刑の執行を猶予する。

理由

被告人の控訴趣意は、弁護人中島達敬、同彦坂敏尚共同提出の控訴趣意書記載のとおりであり、また検察官の控訴趣意は、札幌高等検察庁検察官検事青山利男提出の控訴趣意書記載のとおりであつて、これに対する答弁は、右弁護人両名共同提出の答弁書(当審公判廷で訂正したもの)記載のとおりであるから、これをいずれも引用する。

当裁判所の判断は以下に示すとおりである。

第一公務執行妨害の関係

一  原判決は、被告人らが、第一信号扱所で待機現認等の職務を執行していた柴田、中村両助役を、有形力を行使して同信号扱所外へ排除した事実を認定し、それが「数名の組合員と共謀して、右両助役の公務の執行を妨害したものであつて、形式的には刑法六〇条、九五条一項の構成要件に該当する」としたうえで、しかし右行為は「健全な社会通念ないし法秩序の精神に照らし、正当な争議行為の限界を超えるものとはいい難く、刑法上違法な行為であるとは断定し得ない」ものとした。だからそれは、右有形力の行使を刑法九五条一項の「暴行」に該当すると判断していることになる。「被告人ないし組合員達から暴行等が右柴田、中村に加えられる様なことはなく」とか「被告人においては、同人(柴田を指す)の腕を促すように、引いたのみであつて、暴行等の行為に出ることもなく」という場合の「暴行」は、殴る蹴るの暴力沙汰という日常語の意味で用いられたと認めるべく、原判決が、検察官所論のように、被告人らの所為をもつて刑法上の暴行概念にもあたらない極めて軽微な有形力の行使にすぎないと評価したとは考えにくい。

二  原判決が認定した「有形力の行使」は、具体的にはつぎのようなものである。

「出ろ、当局は出てもらうんだ」と言つて退去を求めたのに、これに従わず黙つて座つていた柴田助役に対しては、その右の上膊部と手首のあたりを被告人の両手で捕えて出入口の方へ引くと、同助役はそれにつられて椅子から立ちあがり、二、三歩前へ出たが、机の上に帽子を置いたままだつたことから「帽子、帽子」というと、被告人は捕えていた両手を放し、同助役は、もとの椅子に座り直してしまつた。これに対し被告人はまたすぐ出るよう促して、その右腕を前同様に捕えて引き、出入口の方へ促すようにして連れて行き、二、三メートル先で手を放した。この際には、同助役は特に抵抗したりすることなく、被告人のなすままに従つていた。ついで被告人は中村助役に対し「当局は出てもらうんだ」といつたが、そのまま座つているので、その両手首を両手で掴み前から引いたところ、同助役の腰が浮き前方に体が出ていつた。同助役は、初めは抵抗するような態度を示していたが、結局被告人のなすままに出入口のストーブの所まで連れ出された。既にそのあたりには、先に連れ出された柴田助役の背後に組合員数名が立ちはだかつていて、中村助役は柴田助役の前方に位置させられ(組合員数名が立ち塞つたため、二人はもとの席に戻ることはできず)、ついで柴田助役の背後から押し出されて、両助役は重なるように出入口を出ていつた。

以上が、刑法九五条一項にいう「暴行」にあたるとして、原判決の認定した事実である。言うまでもなく、そこに説示された外形的事実は柴田中村両助役の供述に基づいて認定されたものであり、両助役の内心的な事実はともかくとして、外部にあらわれた有形力行使の事実に関しては、両名の供述を信用すべからずとする合理的事由を記録上見出し得ず、原判決の証明力の判断と前記認定とは、この限りでもとより正当である。ただ、それならば、これに付け加えて、柴田助役については、椅子に座つたまま力を入れて踏んばつたが立たされ、帽子の一件があつて座り直したあと、瞬間的に相当強い力で引張られてまた立たされ、出入口では戸の内側を両手で支えて背後から押される力に抵抗したが、その効がなかつた事実、中村助役については、引張られて腰が浮き立ちあがつたあと、背をまるめて力を入れ後方から押されるのに抵抗したという外形的事実をも認めぬわけにはいかない。

三  右「有形力行使」の正当性の有無について

(一)  被告人らが、第一信号扱所から柴田、中村両助役ら当局側職員を排除したピケツテイングの目的としては、たしかに組合員である信号掛三名の職場離脱をより容易に確保するためもあつた。この点、信号掛三名としては、当局側職員が同室することにより、看視を受けているとの感じを抱くのは当然であつて、そのことが心理的に影響し、当局により懲戒の対象と評価されている職場離脱をなにほどかためらわせる可能性があると見ても、所論のような不合理はない。しかし、さらに、国鉄の機能に対して打撃を与えることをそもそも直接の内容とするストライキであるから、その補助手段たる本件所為も当然これを意図していたと見るべく、具体的に言えば、信号掛三名がせつかく職場を離脱しても、両助役その他の者が直ちにその業務を代行して維持することになれば、ストライキの効果は必然的に減殺されるのだから、被告人ら組合側において代行措置をストライキに対する当局の妨害と評価し、これを阻止しようとする目的が、本件ピケにあつたと認められるのである。それは、伊藤和男ノートの「他駅よりの非組合員の助勤は認めない、自駅の非組合員の平常以外の作業は認めない」旨の記載が、組合の決定した戦術の一つと認められるところ、その手段の点はともかくも、まさにかような認識にたつて直接に代行阻止を意図したものと解すべきだし、また第一信号扱所が本件時限スト時間帯の一番列車である第四一列車の入構を扱うものであつたことから、当局側も組合側も、その機能を勢力下におくことには特に重大な関心を抱いていたものであつて、経験豊かな組合幹部である被告人においては、もとより以上の事実を十分承知のうえ行動していたと認められるからである(このような意味での代行阻止を目的とするピケは、手段と切り離して見れば、それ自体違法だということはない)。また、午前三時半頃という特定の時点において両助役の排除がなされたについては、その際「公安官が行動を開始したから我々も行動を開始しなければならない。まだ時期が早いが、こうなれば仕方がないから当局の者は出てもらわなくてはならない」旨の被告人の発言があつたことから見て、公安職員の行動開始をきつかけに、当局がいわば先手を打つてきたことに対する対抗行動の手始めという趣旨もあつたことはたしかであろう。なお、その全体を通じ、争議の相手方(組合の目からはストライキの妨害者である)に対する非難、抗議の趣旨が含まれるのも当然と言つていい。それはおよそすべての争議行為に共通の色合いでもあるが、公安職員と警察官の出動をみたことが、通常以上に組合を刺戟したことは十分考えられる。

これに対して、ピケの対象となつた両助役の側の事情はどうか。まず国鉄当局対組合という全体的な関係で見れば、経営主体である国鉄が、業務の正常な運営を維持するため、放棄された職場に代行者をあててストライキに対抗すること自体はまつたく自由である。加えて、我国の交通の基幹として終始その円滑な運営を公共的な責任として負担している国鉄当局は、その業務の中心である列車運行の確保に特に可能な限りの努力を社会的に要求されている点、同種企業のうちでも特別な立場にある。企業の営利目的というだけでない、このような公共的要請に裏付けられた必要性のゆえにこそ、代行措置の一般的正当性はより強く認められなければならず、こうして、第四一列車の運行確保上重要な機能を持つ第一信号扱所へ、両助役を送り込んだ当局の措置は、もとより正当と評価されるべきである。また実定法上懲戒対象とされている争議であるから、本件で言えば、信号掛三名の勤務状況を直接把握することが懲戒権者の正当な権限に属することも言うまでもない。被告人ら組合側が第一信号扱所に入つたのは、既に早く二月一四日午後六時頃なのだから、これに対抗して同日午後九時前後から当局側職員が入室し、午後一一時半頃までに両助役とも待機の態勢に入つたことも、肯けるし、とりたてて不当に争議を侵害する意図があつたとも考えられない。

こうして両助役は原判示のような適法な公務の執行に従事することになつたのであるが、両助役を含む第一信号扱所内の当局職員五名対被告人らピケ隊の関係はどうか。二月一五日午前三時二〇分頃、同信号扱所階段下では、七、八〇名のピケ隊が当局防衛班三〇名位を、集団の圧力で三、四メートル傍らへ排除し、代つて階段下を包囲し、一部は階段上に立ち並び、同信号扱所出入口附近踊り場にも相当数の組合員が群れる状態になつていた。

同信号扱所附近に関する限りは、こうした組合側の優勢のうちに、同日午前三時半頃被告人が同信号扱所へ戻つてき(したがつてこのような優勢な状況はこれを認識していたことになる)、そして五名の職員に退去を求めたのである。両助役を除く三名は一応言葉のうえで拒んだものの、数分で退去を終つた。それまでも五名は、同信号扱所に在室すること自体によるほかは、信号掛の職場離脱を言葉や積極的な行動で制止しようとしたり、その他争議と組合への積極的な対抗姿勢を示そうとするようなことはなかつたのであるし、かく、ほとんど同信号扱所を制圧し終つた組合側の勢力に対しては、わずかに残つた両助役の争議対抗力も大きく減殺されざるを得ない。即ち、信号掛三名に対する心理的圧迫(職場からの離脱自体は信号機の機能にあらわれて外部から容易に認識され、それによつて懲戒の対象たる事実は当局に知られることになるのであるから、両助役の同室することによる信号掛三名への影響は主に心理的なものにとどまる)は、既に優位にたつた組合側勢力に守られてほとんど解消に近いと認められ、もちろんピケに対する有形力を行使しての物理的対抗など可能な筈もなく、つまるところ、ストライキに対する妨害(と組合の目にうつる)として両助役において可能だつたのは、現実に信号掛の職務を代行することのほかは、その場にとどまること自体によつて、組合側にいわば目障り感を与えることぐらいしかなかつたことになる。

繰り返せば、当局の代行措置とそれに基づく両助役の公務執行は、その目的において正当だつたものである。しかも、その具体的な手段、態様はかく平穏であり、右目的を実現するため当然必要な範囲内のものにとどまつており、したがつて争議に対する侵害の度合いもまた、右目的実現を図る以上当然伴うべき程度のものを出なかつたと見られるものである。両助役を排除する具体的手段としてとられた本件所為の正当性を判断するうえで、このことは重要な意味を持つ。

(二)  そして被告人らが両助役に行使した物理的有形力の態様は前示のとおりである。即ちその強さは、退去を拒んで椅子に座つた両助役を引張り、腰を浮かせ立ちあがらせるに足り、かつ背をまるめて力を入れ、あるいは出入口の戸を両手で支えて抵抗する力にもかかわらず、それを圧して両助役を重なるように背後から押し出すに足るものであつた。原判決は、この力の行使を正当化する事由の一つとして、一般的に助役と組合員とが通常の意識・行動で近似しており、助役に対しては組合も仲間という親密感を有している事例が多いことを指摘する。たしかに、労使間に平和があり、助役も組合員も同一経営秩序のもとに、相互の連携を密接に保つて円滑に現場業務に従つている場合はそうであろうが、しかし、労使双方が尖鋭に対立抗争する争議の場において、役割上敵味方に分裂し、それが行動のうえに強く現われる場合には、意識ないし心情の面でも、職制と一般組合員の間にその反映が避けがたく拡がり深まるのがむしろ当然であろう。それは関り合いなしに済めばそれにこしたことはないだろうが、本件の場合にも、当審において柴田助役が「お互いにやるときはやるという腹ですから」と言い「私は私なりに立場というものがありますんで、そういうことについては譲ることも出来ませんし、簡単に妥協するわけにはいきません」と言い、中村助役が組合の「申入れに応ずる気持はございません」と言うように、まさに争議における当局側職員と組合員との対立分裂関係を極めて自然のことと意識的に割り切つて、そのうえで命じられた以上は自己の職責に忠実であろうとする、一徹な姿勢が明白に看取できるのである。組合幹部として、常日頃から当局との対抗を意識せざるを得ない被告人はもとより、その他の争議参加組合員にしても、その点はまつたく同様だとしか考えられない。こうして原判決の指摘には、両助役の抵抗に偽装を疑い、被告人らの暴行の程度が表面に出たものよりも実は弱かつたのではないかと疑う理由としては、直ちに納得できないものがある。さらに原判決の「身体に手を触れて、軽く引いたり、押したり」しただけだとするのは、その「軽く」というのが、右認定の暴行程度よりはるかに軽微なものを認定したとする趣旨ならば誤認というしかなく、また「外に出るよう説得し、その行動が容易になされ得るよう促す意味」というのが、説得の際に身体の接触があつただけで両助役はまさに説得が原因で退出したのだとする趣旨であり、暴行の程度は極めて軽く、退出との間に重要な因果関係も存在しなかつたとする意味であるなら、同様誤認と言うしかない。

(三)  原判決はまた、両助役が実際に執行していた職務は主として「待機」にあつたというけれども、事を実質的違法性の観点で判断しようとすれば、被告人らが、直接には右「待機」を排除し、それによつて当面企図しかつ実際にも結果として生じたのが、本来正当な両助役の代行の不能に帰する事態だつたことを見落すわけにはいくまい。また局面を第一信号扱所に限らず、それを包摂する全体としての争議行為との関連で考えるならば、後述するような第四一列車の運行阻止を策しかつ行動に移す行為の、その一環としての正当性の有無が問われるべく、手旗による誘導があらかじめ備えられていて、こと信号に関する限り運行に大きい不都合は生じなかつたという点についても、しかし代行が阻止された時点では手旗誘導すらそれが阻止されない保障はなく(現に若竹踏切ピケの対象となつた)、したがつて同信号所の機能確保をゆるがせにしていい理由のなかつたことを指摘しなくてはならない。

(四)  以上見たように、両助役の在室は、大きく国鉄当局対国労の関係としてとらえても、また第一信号扱所ピケにおける局部的関係でとらえても、その目的と手段態様、ともに正当な争議対抗手段であり、就業権の行使(就業義務の履行)だつたのである。これを排除する目的・利益その他前認定の諸事情、ならびに原判決において本件事案の背景として認定された争議の全経緯のもとでは、両助役を排除するにしてもその手段は、団結力を背景にした説得にとどまるべきものであつた。それには、他の三職員が現に説得に応じたのであるから、両助役に対してもさらに努力を続けていたなら、あるいは本件事案の発生をみずに済んでいたかも知れず、しかも説得の続行を許さないほど切迫した争議段階ではなかつたことも考慮されなくてはならない。そして、それにもかかわらず両助役が最終的に説得に応じないというなら、それは正当な対抗措置、正当な就業によるものとして、それによる影響をストライキは忍受すべく、そのことはしかし、正当な争議に対しては使用者も正当な対抗しか許されず、なお防衛の及ばぬ打撃はこれを忍受しなければならないのとまつたく同様なのである。

それなのに被告人らが、手段として前認定の態様・程度の暴行を両助役に加え、よつて平穏に執行されていた適法な公務を決定的に妨げるにいたつたものである以上は、原判決の言葉を藉りれば「健全な社会通念ないし法秩序の精神に照らし」、これをなお正当な争議行為であると評価することは許されない。

そして、他に被告人らの本件所為につき違法性を阻却する事由は見出しがたい。

被告人らの本件所為を正当であるとして無罪を言い渡した原判決は、結局争議行為の正当性に関する法令の解釈を誤りまたは事実を誤認したもので、その誤りが判決に影響を及ぼすことは明らかである。

第二威力業務妨害の関係

一  本件若竹踏切ピケにおける被告人らの所為につき、原判決は威力業務妨害罪の構成要件該当性を承認し、かつそれが正当な争議行為の限界を逸脱して違法だと判断したものである。弁護人の所論はこれが正当な争議行為だとする。

まず本件ピケの対象が、国労に対し支援関係にあつたとはいえ動労の組合員である第四一列車長谷川機関士と、同列車の手旗誘導者である非組合員の竹下助役であることは、原判決の言うとおりである。目的について、それは、同機関士に対し「同列車の運転を中止してその職務を放棄し、国鉄労組の行う本件争議に参加協力するよう説得すること」が主であり、あわせて、警察の不当干渉ありとし、「国鉄当局および警察当局に抗議する」趣旨も中途から付加されたとする。その認定は弁護人の主張に沿うものである。もつとも、同機関士は、動労というよく統制された巨大な組織の一組合員である。それが組合指令もないのに単独でストライキをやることは組織労働関係の常識上考えられず、当該時点では、同機関士に対するアピールがいまさら直ちに本件争議に対する動労のストライキによる支援を決定させる筈もないから、被告人ら国労側が同機関士に期待した「協力」というのも、文字通りの「職務放棄」までは必ずしもいつていなかつたのが実情であろう。事実同列車が若竹踏切付近に停止した際も、同機関士に対して組合側はそれ以上なんの働きかけもしていない。列車が一時停止したということで、それ以上の必要がなかつたからだと認められる。

一方、これに対抗する措置として正常な列車運行を図ることが、とりわけ国鉄の場合に、強く正当性を承認されなければならないことは、先に公務執行妨害の関係で示したそのとおりである。竹下助役にしても長谷川機関士にしても、正当に業務に従事するというほか、スト破り、争議侵害等の不当な意図を持つていたとは証拠上とうてい認めがたい。

さて、これに対するピケの態様について、原判決は、それが列車前方の危険な障害となり、第四一列車の進行を不可能ならしめるものであつたとするのに、弁護人は、徐行すれば進行は可能であつたと主張する。ピケ隊は、全体としては、下り本線の線路をはさんで枕木の上に約一〇〇メートルの長さで立ち並んだものであり、その間を列車が進行するなら接触すれすれという間隔である。まつたく物理的に見る限りでは、徐行進行も可能だつたのではないかと疑う余地がたしかにあろう。しかし、それより先転轍機の鎖錠の際に、このようなピケの様子を間近く見てきた竹下助役が、第四一列車を誘導してピケ隊に約五〇メートルに近付いた地点で、止むなしとして停止を指示したのは、明らかに同列車に対抗して正常な運行をしないよう威力で要求しているピケ隊の只中へ、しかも原判決が言うとおり、散発的とはいえレールに接触して立つたり線路内側へ立ち入る者もあるなかで、さらに汽笛の吹鳴にもかかわらず退避の気配さえない状況では、そのまま進行してはピケ隊員に接触しかねないおそれありと判断したためと認められる。長谷川機関士が、ピケ隊員に接触せずには進行できない状況であつた旨述べているのも、かような状況判断だと解される。それは、物理的に見て徐行進行が可能だつたかも知れないと同様に、しかし接触の可能性もすくなくなかつたということであつて、このような場合、万一の際の臨機咄嗟の措置が機構上困難な巨大な蒸気機関車を運転し、あるいは運転を指示する責任のある両名としては、さしあたり列車を停止させることこそ、社会的に求められる業務上の義務だと言うべきである。その意味で、本件列車の進行はいわば社会的な事由が重なつて不可能な状態であつたと認められる。この点の原判決の認定が誤りだとは考えられない。一時的に線路内に立ち入つたりする者があつても、列車が接近すれば当然退避した筈だから、本件停止がまつたく不必要になされたのだというのは、このような線路の状況においては、「万一の」と言い切れない接触事故等の責任(例え極く軽微な接触であつても、争議という対立抗争の場で生ずるということになれば、労使関係の上に及ぼす影響は測り知れず、必然的に竹下助役と長谷川機関士の責任問題も、場合によつては刑事責任まで伴つて重大化すること目に見えている)の負担を両名に強いるものであつて、当を得ない。

さて、小樽駅を定時に発車した同列車は、小樽築港駅に四三分延着した。弁護人は、その大部分が当局の責任だという。しかし、場内信号機が停止信号を現示したのは、先に見たいきさつで第一信号扱所が機能しなくなつたためであり、若竹踏切附近での約二〇分の停止も、ピケ隊のため進行が不可能になつたことによるのは既に明らかである。六時五二分出発後も、進路前方をゆつくり移動するピケ隊員を警戒して最徐行を余儀なくされたものであることは、竹下、長谷川両名の言によつてうかがい知れる。つまり当局の不手際と見られるのは、信号機で停止してから竹下助役の誘導で動き出す間の約一〇分に過ぎず、しかもその一〇分の遅れについてもストライキとの因果関係を断つわけにはいかないのであるから、四三分延着の直接責任は、むしろ大部分本件争議の側に帰するとするのが相当である。その延着の影響が、後続の五列車に小樽築港駅一〇分ないし七六分の遅延となつて現われたことも、原判決の指摘するとおりやはり無視し得ない事情である。

原判決は、本件ピケツテイングの態様が、本来は、竹下助役と長谷川機関士をある程度の団体の威圧によつて説得しようとするものであつたと見た。しかし、実際に実現されたピケは、第四一列車の進行を上述したような意味でまさに不可能にし、一時停止を余儀なくさせるにいたつたものである。それは、争議対抗措置としても極めて正当な国鉄の列車運行権を、そのようなかたちで決定的に侵害したものであり、非組合員竹下助役と動労組合員長谷川正十四の正当な就業を、説得拒否の余地を与えないかたちで妨害したものである。弁護人は、進行中の列車に説得を試みるためには一時停止させる以外に方法がないというけれども、争議手段の評価は、その目的の当否、目的とする利益との関連においてばかりでなく、上述したような相手方の対抗措置の正当性、ピケの相手方と争議組合との関係、相手方や公共に与える打撃・影響の程度等を総合した、全体の一部としてなされるものであり、当該手段の必要性だけをことさら抜き出して正当性を云々できないのがむしろ普通である。そしてそのことは、争議の社会的影響について考える場合でも、それが争議の正当性を判断する要素の一つだということではまつたく同様である。

原判決は、労働者の経済的地位の向上という利益と、それによつて侵害を忍受すべき使用者および国民一般の利益の均衡という見地から、諸般の情況を詳細に把握し、その総合的考察のうえに、本件ピケをもつて正当な争議行為の程度を超えた違法なものと評価し、有罪としたのであつて、弁護人または検察官所論のような判決に影響を及ぼすべき事実誤認、労組法一条二項の解釈の誤り、判例違反はその間にない。

二  ところで、原判決は本件につき刑を免除した。しかし、被告人らの所為は、違法な侵害に対する防衛ないし正当な侵害に対する避難という、刑法三六条三七条の行為に本質的な要素はさらに帯びておらず、違法性に関する刑法上の評価に関わりを持つ実定法上の根拠は刑法三五条でしかない。そして、三五条ないし三七条と併列した条文で特に三五条についてのみ刑の免除が規定されてないのは、むしろ、これについては実質的にも刑の免除を認めないという積極的な法の趣旨に解される。被告人らの所為につき、三六条二項(三七条二項でも同じだが)の準用という操作によつて刑を免除することは、形式上も実質上もあきらかに実定法の趣旨に反し、それは判決に影響を及ぼす法令解釈または適用の誤りである。

第三結論

原判決の事実認定および法令の解釈適用には、以上第一、第二で指摘した瑕疵があり、その限りで検察官の論旨は理由があり、しかし弁護人の論旨は理由がない。

よつて原判決中無罪部分は刑事訴訟法三九七条三八二条により、有罪部分は同法三九七条三八〇条によつて、いずれも破棄したうえ、同法四〇〇条但書にしたがい、さらにつぎのとおり自判する。

第四当審の自判部分

罪となるべき事実は、原判決が適法に認定した威力業務妨害罪の事実のほか、つぎのとおり。

「被告人は、昭和三八年二月一五日午前三時三〇分頃、右小樽築港駅構内第一信号扱所の二階信号扱室において、当時同駅駅長小山内金五郎から同信号扱室内での待機、信号掛の勤務状況の把握、信号掛が職場を離れた後の信号扱等同信号扱所の管理、運営に関する職務の遂行を命ぜられて同信号扱室に入室し、その職務を執行していた小樽築港駅勤務の輸送担務助役柴田晴雄及び富良野駅からの助勤者助役中村時郎に対し、同信号扱所外へ出るよう要求して拒まれると、同信号扱室北西端附近の椅子に腰かけていた柴田助役の右腕を抱えて同所から約五米離れた同室出入口手前迄引き出し、更に同助役の傍の椅子に腰かけていた中村助役の両手首をつかんで同信号扱室出入口手前迄引き出したうえ、五、六名の国鉄労働組合側の者と共謀して共に身体や手で両助役の身体を同出入口外へ向つて圧迫して押出すという暴行を加え、もつて右両名の公務の執行を妨害したものである。」

右公務執行妨害の事実は、<省略>を総合して認定する。

罪となるべき事実に法令を適用すると、公務執行妨害の点は刑法九五条一項六〇条に、威力業務妨害の点は同法二三四条六〇条罰金等臨時措置法三条一項に各該当し、以上は刑法四五条前段の併合罪であるところ、前者は争議中の組合幹部である被告人が、いわばその場の行きがかりから手を出したというものであつて、殴る蹴るという日常的意味での害意ある暴行とは性質を異にし、破廉恥な行動と目すべきものではなく、また後者の犯情につき原判決が説示するところにも肯けるものがある。そこで各所定刑中前者については禁錮刑を、後者については罰金刑を各選択のうえ、刑法四八条一項、二五条一項、一八条のほか原審および当審での訴訟費用につき刑事訴訟法一八一条一項但書を適用して主文二項以下のとおり判決する。

(裁判官 斎藤勝雄 佐藤敏夫 柴田孝夫)

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